日本刀の反りについて

日本刀の特色として美しい「反り」がありますが、この「反り」は平安時代末期(11世紀~12世紀)にかけて完成されたと言われています。その後、日本刀の基本要素として受け継がれています。

また「反り」と同時に生まれた「鎬造り(しのぎづくり)」は日本刀の典型的特徴となっています。

「反り」完成前の奈良~平安時代(8世紀後半~9世紀前半)の蕨手刀では0.9センチ程度の反りが認められる物がありますが、この時期の若干の「反り」は定着しなかったようです。              

その後の平安時代(9世紀)毛抜形透蕨手刀(中尊寺大長寺院蔵)には反りは認められません。

さらに進んで、平安時代(10世紀)重文:毛抜形太刀(伝藤原秀郷奉納)附 金梨子地桐紋蒔絵鞘(宝厳寺蔵)には、はっきりとした「反り」が認められます。     

毛抜形太刀は朝廷の衛府の武官が佩用することから衛府太刀と呼ばれ、蝦夷の蕨手刀から発展したものと言われています。

さらに11世紀の太刀(無銘):大山衹神社蔵には1.5センチの「反り」が認められ、その頃から後の日本刀には「反り」と「鎬造り」が基本造形となっています。

このことから、平安時代の10世紀あたりから「反り」が日本刀の基本要素として定着しはじめ、11世紀には、ほぼ完全に定着したと言えるでしょう。