映画「関ヶ原」 宇喜多秀家の愛刀

2017年8月25日

前回、東軍の福島正則の愛刀を紹介しました。今回は西軍の宇喜多秀家の愛刀です。豊臣政権時代では前田利家や徳川家康と同じ五大老の一人で、幼少の頃から秀吉に重用されていました。関ヶ原合戦では西軍最大の一万七千もの兵を率いました。

薩摩正宗(さつままさむね)

さて、宇喜多秀家の愛刀ですが『薩摩正宗(さつままさむね)』といわれています。
豊臣秀吉から拝領された刀で、刃長は二尺一寸三分(約六四・五センチ)です。
関ヶ原敗戦後、秀家の近臣である黒田勘十郎が家康のもとを訪れ、
「秀家は自決した。その証拠である」
と刀を提出しました。その後、それは偽証だと判明しますが不問にし、勘十郎に刀を与えました。勘十郎が島津家に召し抱えられるとその刀を島津家に献上しました。

秀家は関ヶ原で戦った大名で最も遅くに没し、長い間生き永らえた人物です。
最期は八丈島に身を置き、現在もその子孫が墓を守り続けているそうです。
秀家は関ヶ原敗戦後、何を想いながら最期を迎えたのでしょうか。