映画「関ヶ原」 小早川秀秋の愛刀

2017年8月23日

前回は西軍の石田三成の愛刀を紹介しました。関ヶ原合戦に登場するのは三成、家康だけではありません。
今回は、西軍でありながら三成を裏切り、東軍に寝返りました小早川秀秋です。
秀秋の寝返りがなければ、関ヶ原合戦にて東軍は勝利出来なかったとかなんとか……。

波游兼光(なみおよぎかねみつ)

さて、小早川秀秋の愛刀ですが『波游兼光(なみおよぎかねみつ)』といわれています。
備前長船兼光作の刀です。
勢州桑名の渡し場で、干潟のため舟が岸まで着きません。お客が裸になり岸に向かっているとき、お客同士で喧嘩になりました。一人が刀で斬られましたが、泳いで行って岸に着いたところで体が二つになったため、『波游』という異名がつきました。のち、豊臣秀次の愛蔵となりました。
秀次が切腹した後、豊臣秀吉が没収していた刀を朝鮮の再役に出陣する秀秋に与えました。秀秋は与えられた刀で明兵を十三人斬り伏せた、という逸話もあります。
関ヶ原合戦後、備前岡山城主となった秀秋は『波游』を打ち刀にするため磨り上げさせ、表裏に金象嵌を入れました。

小早川家断絶後、様々な人の手に渡り、多くの疑問を残していったそうです。
そんな『波游兼光』をいつかは見てみたいですね。